「たかがゲーム」は、もう過去の話。近年、eスポーツは驚異的なスピードで成長し、単なる娯楽の域を超え、巨大な市場と熱狂的なファンコミュニティを持つ一大カルチャーへと進化を遂げました。その変化を象徴する出来事の一つが、ゲーマーに特化した製品の登場と、プロゲーマーを起用したマーケティング戦略です。
4/17にゲーマー向けのハンドクリームブランド「SENCi(センシ)」が発表されました。「マウス感度(Sensitivity)」から着想を得たブランド名を冠し、プロeスポーツプレイヤーのGON選手とneth選手をブランドビジュアルに起用しています。ゲームプレイを妨げない「ベタつかない保湿」と、リフレッシュできる心地よい香りは、長時間コントローラーやマウスを握りしめるゲーマーのニーズに応える製品と言えます。
しかし、なぜハンドクリームのような日用品が、わざわざ「ゲーマー向け」として開発され、プロゲーマーがその「顔」として選ばれるのでしょうか? そこには、急成長するeスポーツ市場と、企業が熱い視線を送る理由があります。
急成長するeスポーツ市場と熱狂するファン
SENCiのような製品が登場する背景に、eスポーツ市場の目覚ましい成長があります。角川アスキー総研の調査によると、2023年の日本国内のeスポーツ市場規模は、前年比117%増の146億8500万円に到達。2025年には200億円規模に迫る勢いで拡大すると予測されています。
https://ascii.jp/elem/000/004/260/4260347
市場の拡大を牽引しているのが、熱狂的なファン層の増加です。同調査によれば、2023年の日本国内のeスポーツファン数(試合観戦、動画視聴経験者、地上波番組等の関連放送視聴経験者)は、前年比110.3%増の856万人と推定されています。2020年の686万人から着実に増加しており、2025年には1,000万人を超えるとの見方もあります。
この「ファン」の定義は、主にオンラインでの試合観戦や関連動画の視聴経験に基づいており、他のスポーツのようにスタジアムに足を運ぶファンとは性質が異なる部分もありますが、いずれにしても850万人を超える人々が関心を持ち、コンテンツを消費しているという事実は、eスポーツ市場の巨大さを示しています。
そして、この巨大なファンコミュニティにおいて、プロゲーマーは憧れの対象であり、強い影響力を持つインフルエンサーです。彼らのプレイスタイル、使用デバイス、そしてライフスタイルは、多くのファンの注目を集めます。企業がプロゲーマーを製品のイメージキャラクターに起用するのは、この巨大で熱心なファン層に効果的にアプローチするための、極めて合理的な戦略です。
野球・サッカーに迫る? eスポーツファンのリアルな規模感
「856万人」というeスポーツファン数は、他の人気スポーツと比較してどの程度の規模なのか?
各種調査によると、プロ野球のファン人口は約2,210万人、年間の観客動員数は約2,668万人と、桁違いの規模を誇ります。Jリーグのファン人口は約952万人、年間観客動員数は約1,254万人です。近年急速にファンを増やしているB.LEAGUE(プロバスケットボール)のファン人口は約829万人と推計されています。
https://www.macromill.com/wp-content/uploads/files/press/release/pdf/20241030_macromill.pdf
主要スポーツのファン(日本国内、近年のデータ)
スポーツ | 規模 |
---|---|
eスポーツ(試合観戦、動画視聴経験者、地上波番組等の関連放送視聴経験者) | 856万人 |
プロ野球 (NPB) | 2,210万人 |
Jリーグ | 952万人 |
B.LEAGUE (バスケ) | 829万人 |
eスポーツの視聴・観戦経験者数(856万人)は、Jリーグ(952万人)やB.LEAGUE(829万人)に匹敵する規模に達していることがわかります。eスポーツはすでに、野球やサッカーに次ぐ規模のオーディエンスを持つ、日本の主要なエンターテインメントの一つと言えます。
Z世代に響く! 企業がeスポーツに注目する理由
企業がeスポーツに熱い視線を送る理由は、単に市場規模やファン数だけではありません。そのファン層の特性、特に若年層へのリーチ力が大きな魅力となっています。
eスポーツのファン層は、他のプロスポーツと比較して若年層、特にZ世代(1990年代後半~2010年代序盤生まれ)の割合が高い傾向にあります。デジタルネイティブである彼らにとって、オンラインでのゲーム観戦は非常に身近なエンターテインメントです。
従来のマス広告が届きにくいとされるZ世代に対し、eスポーツは非常に効果的なマーケティングチャネルとなります。実際に、国内eスポーツ市場の収益構造を見ると、「スポンサーシップ」(企業によるチームや大会へのスポンサー料、広告費など)が大きな割合を占めており、2020年時点では市場の約7割、2021年でも6割以上、近年ではイベント運営市場も伸びていますが、依然としてスポンサーシップは市場の根幹を支えています。
https://markezine.jp/article/detail/36128
飲料メーカー、食品メーカー、IT企業、アパレルブランド、日用品メーカーまで、多種多様な企業がeスポーツチームや大会のスポンサーとなっています。彼らの目的が、ブランドの認知度・イメージ向上はもちろん、Z世代を中心とした若年層へのアプローチにあるのは明らかです。
そして、その戦略において、プロゲーマーの起用は極めて有効な手段です。ファンにとって憧れの存在であるプロゲーマーが製品を推奨したり、広告に登場したりすることで、製品への関心や信頼度は格段に高まります。SENCiがGON選手とneth選手を起用したのも、まさにこの効果を狙ったものと言えるでしょう。

パフォーマンス向上からライフスタイルへ – eスポーツ×企業の未来
eスポーツと企業の連携は、単なるスポンサーシップや広告起用にとどまらず、より深く、多様な形へと進化しています。
ゲーミングデバイスの分野では、プロゲーマーのフィードバックを活かした高性能・高機能な製品開発が活発です。近年では、人間工学に基づき、長時間のプレイによる身体への負担を軽減する「エルゴノミクスデザイン」を取り入れた製品も増えています。
さらに注目すべきは、「ウェルネス」分野との連携です。eスポーツプレイヤーは、長時間同じ姿勢で画面に向かい、指や手首を酷使するため、腱鞘炎、手根管症候群、眼精疲労、姿勢の悪化といった特有の健康課題を抱えやすいことが知られています。
この課題に対し、プレイヤー自身の健康意識が高まっているだけでなく、企業側も新たなビジネスチャンスを見出しています。SENCiのクリームのようなハンドケア製品、ゲーミングアイウェア、サプリメント、マッサージ機器、さらには健康的な食事を提供するサービスなど、プレイヤーのコンディショニングや健康維持をサポートする製品・サービスが次々と登場しています。製薬会社やヘルスケア企業がeスポーツチームのスポンサーになる例も増えています。
今後、eスポーツと企業のコラボレーションは、単にパフォーマンス向上を追求するだけでなく、プレイヤーのQOL(生活の質)向上や、より快適で楽しいゲームライフの提案といった、ライフスタイル全般へと広がっていく可能性を秘めています。
eスポーツは企業にとって新たな価値創造のフロンティア
ゲーマー向けハンドクリームの登場と、プロゲーマーのイメージキャラクター起用。これは、eスポーツ市場が成熟し、プレイヤーが単なるゲーム愛好家から、身体的なケアやコンディショニングを必要とする存在として認識され始めたことを示す、象徴的な出来事です。
企業にとって、eスポーツはもはや単なる広告媒体ではありません。それは、巨大なファン層、特にリーチが難しいとされる若年層に直接アプローチできる魅力的な市場であり、製品開発や新たなサービスを生み出すための共創パートナーとなりうる存在です。ファン規模はすでにJリーグやBリーグに匹敵し、その成長スピードは他の追随を許しません。プレイヤーの健康やウェルネスへの関心の高まりは、企業にとって新たなビジネスチャンスを提供しています。
今後、eスポーツと企業の連携はますます加速し、私たちの想像を超えるような革新的な製品やサービスが登場するかもしれません。ゲームが私たちの生活の一部として深く浸透していく中で、eスポーツは企業にとって、新たな価値を創造するための重要なフロンティアであり続けるでしょう。
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